SMALL GESTURES, SHARED MOMENTS
実践 · 約8分
「それ、ある!」はどう見つける?——日常を笑いに変える観察
「あるある」は珍しい経験探しから始めなくてよい。普段まとめてしまう場面を切り分け、観察・解釈・創作を分けて書く練習です。
「電車あるある」では、まだ広い
電車で、降りる駅が近づいた。まだドアは開いていないのに、荷物を持ち直し、体を少し出口へ向ける。誰にも話しかけていないが、「次で降ります」という気配は出している。
この動きを見て、「やる」と思う人もいるでしょう。「混んだ電車は大変」という説明より、ひとつの小さな動作のほうが、自分の経験を思い出させることがあります。 あるあるを探す練習は、珍しい経験を集めることから始めなくてもかまいません。普段ならひとまとめにする場面を、少し細かく見てみます。
| 広い言い方 | 場面を切った言い方 | さらに見るところ |
|---|---|---|
| 電車は混む | 降りたいのに出口まで人がいる | 降りる前に出す小さな意思表示 |
| オンライン会議は難しい | 話し始めた人がミュートだった | ミュートを指摘する側もミュートだった瞬間 |
| 電子レンジを待つ | 終了まであと数秒 | 最後の一秒だけ、律儀に見届ける自分 |
ここで探しているのは、単に細かい情報ではありません。その場にいる人の迷い、遠慮、見栄、待ちきれなさなどが、動作に少し漏れるところです。
「誰でも知っている出来事」と「自分もしているのに、あまり意識していなかった動作」は違います。後者を言葉にするとき、あるあるの素材が見つかるかもしれません。
この記事の場面・例文は、説明用の創作です。
観察と、心の読み込みを分ける
たとえば、電子レンジの前で残り時間を見ている人を思い浮かべます。
見えること
残り一秒の表示を見つめ、音が鳴ってからドアを開けた。
想像したこと
ここまで待ったので、最後まで見届けたいのかもしれない。
創作にしたこと
「電子レンジの最後の一秒だけ、発射管制官になる」
三つを分けると、勝手に他人の気持ちを確定しなくてすみます。同じ動作でも、単に熱いから待っていたのかもしれません。あるあるは観察を含みますが、完成した一文には書き手の解釈も入っています。
最初は、自分自身の動作から集めると扱いやすくなります。誰かの内心を断定するより、「自分はこうしてしまう」と書けるからです。その経験が他の人にも届くかどうかは、読んでもらって初めてわかります。
記憶を細かくたどる研究から
Madoreら(2015)は、最近の出来事の細部を思い出す短い訓練のあとに、物の珍しい使い方を考える課題などを行いました。 細部を思い出す条件で発散的思考の成績が高まりましたが、比較に用いた別の種類の課題では同じ変化が見られませんでした。
これは、日記を書けば大喜利がうまくなることを示す研究ではありません。ただ、「創造的に考えるためには、まず具体的な経験を取り出す」という練習の背景にはなります。
今日の帰宅を思い出すなら、「疲れた」で終えず、玄関で最初に何を置いたか、靴を脱ぐ前に何をしたか、照明をつけるまでにどこへ手を伸ばしたかをたどる。 面白くしようとする前に、素材を増やす時間を設けてみます。
共感は、事実が同じだけでは生まれない
「雨の日は濡れる」は、多くの人が知っています。そこに、「傘を忘れたと認めたくなくて、コンビニの入口で長めに天気を確認する」という人の態度が入ると、違う読み方ができます。
木村寛子(2011)は、土屋賢二のユーモアエッセイを分析し、読み手がズレだけでなく、語り手の着眼点や日常性、心理も読み取ることに注目しています。 作品分析であり、読者全般への効果を測った実験ではありませんが、事実の一致だけでない共感を考える視点になります。
あるあるを書くときも、「多くの人が経験するか」に加えて、「そのときの自分の可笑しさが見えているか」を考えます。 自分が少し格好をつけていたこと、合理的でない順番にこだわっていたこと。そうした小さな揺れが、一文の中心になり得ます。
一段だけ、言い換える
素材が集まったら、観察をそのまま書く案と、少し言い換える案を並べます。
| 観察に近い文 | 一段だけ言い換えた文 |
|---|---|
| 降りる駅の前に、荷物を持ち直す | 降りますとは言わず、荷物に予告編をやらせる |
| ミュートを指摘する人もミュートだった | 誰も聞こえない会議で、全員が音声の責任者になっている |
| 電子レンジの残り一秒を見届ける | 最後の一秒だけ、発射管制官になる |
どちらがよいかは、題材と読み手によります。比喩を足すと、もとの動作から離れすぎることもあります。観察だけで十分おかしければ、そのまま残してもよいのです。
読み返すときは、「何をしているか」が先に浮かぶかを確かめます。言い換えの巧さを理解するために、元の場面まで長く説明しなければならないなら、動作へ戻してみます。
今日できる、三場面のメモ
次の欄を、今日の自分の行動で三つだけ埋めてみてください。十個のネタを完成させる必要はありません。面白いかどうかの判断は、書き出したあとで行います。
- 場所・瞬間
- 自分がした小さな動作
- そのときの自分の気持ち
- 一文にするなら
誰かに見せたら、「あるよね?」と同意を求める前に、「どんな場面が浮かんだ?」と聞いてみます。経験が共有されていなければ、題材が狭いのか、表現に手がかりが足りないのかを考えます。 わかると言われても笑いにならなければ、発見が浅いのか、その人の好みと違うのかを、別の可能性として残します。
素材帳には、完成した一文だけでなく、元の動作も保存しておきます。同じ観察が、別のお題で違う答えにつながることがあるからです。
参考文献
- Kevin P. Madore, Donna Rose Addis & Daniel L. Schacter, “Creativity and Memory: Effects of an Episodic-Specificity Induction on Divergent Thinking” (2015), DOI
- 木村寛子「共感が生まれるしくみ——土屋賢二のエッセイにおける『ずれ』を中心に——」 (2011), J-STAGE
観察メモと三段階の整理は、本記事独自の練習案です。「観察すれば必ず面白くなる」ことを示した研究ではありません。